画像をクリックしたら拡大します。
拡大したした画像をクリックしたら元に戻ります。


西村幸吉さん

台湾の病院で療養中の西村幸吉さん。当時23歳(昭和18年)

テント生活

戦後、単身乗り込んだパプアでの生活はテント暮らしから。

土木工事-1

簡素な橋であっても、住民の利便性は格段に向上した。

土木工事-2

住民の生活改善のため汗を流すうちに、遺骨の情報が提供され始めた。

土木工事-3

ショベルカーで道路を建設。掘削しながら多数の遺骨を収容した。

遺骨収容-1

小隊全滅の地「一本木」で遺骨を捜索するも、発見かなわず。(昭和63年)

遺骨収容-2

地下足袋でパプア各地を巡回する。

遺骨収容-3

日本兵の遺骨を発見した住民が、西村さんの自宅に届けに来てくれた。

航海-1

老朽船を買い取り、パプアを目指す。(昭和61年、高知市仁井田)

航海-2

無謀な航海の末、パプアに到着。後方の船が「おきのしま」(昭和61年)

交流-1

西村さんが持ち込んだ日本製テレビに、小学生が驚嘆。(昭和58年ごろ)

交流-2

小隊全滅の地に近い「エフォギ2」集落に忠霊塔を建立(昭和61年)

交流-3

村人たちとの共同作業で完成した忠霊塔(昭和61年)

交流-4

西村さんがポポンデッタで建設中の小学校(平成9年)

西村幸吉さん

西村さんがポポンデッタで建設中の小学校(平成9年)

西村幸吉さん

ブナの慰霊碑の前で、高知県知事の感謝状が渡された(平成23年)

西村幸吉さん

高知県知事に、慰霊巡拝への参加を要請する西村さん(平成23年)

南海支隊戦友遺族会
よりのお知らせ

お問い合わせはこちら>>


お問い合わせはこちら>>


facebookページ>>