世話役あいさつ

戦後、わが国は世界に冠たる経済大国に成長しました。
反面、最も大切な「日本人の精神」を置き去りにした気がしてなりません。
海外で戦没された軍人は240万の多きに上りますが、いまだ116万柱の遺骨が未収容となっております。
東部ニューギニアでは12万7600名の戦没者のうち、半数を超える7万8千余柱が未収容です。
現在に生きる私たちは、この現実から目をそらすことなく、しっかりと注視しなければなりません。
このホームページは先の大戦の緒戦となった東部ニューギニア戦に奮闘し壊滅した「南海支隊」将兵の慟哭(どうこく)を具現したものです。
心ある皆様方にご高覧いただければ幸甚です。

南海支隊戦友遺族会 世話役 辻本喜彦

南海支隊とは

日本軍は、米豪連合軍の拠点である東部ニューギニア南岸ポートモレスビー攻略を計画。
海路からの攻撃は困難だったため、北岸から陸路オーエンスタンレー山脈を越え、ポートモレスビーに至る作戦を立てた。

その任務に当たった南海支隊は、歩兵第144連隊(高知)、歩兵第41連隊(広島・福山)、独立工兵第15連隊(大阪・高槻)などで構成。

支隊は昭和21(1942)年7月、北岸に上陸。豪州軍と戦火を交えながら進撃を続け、3千メートル級の山々が連なるスタンレー山脈に分け入る。
9月には、モレスビーまであと40キロのイオリバイワに到達。しかし折からソロモン方面の戦況悪化により補給を断たれ、撤退を余儀なくされる。
途中、支隊長を失いながら、上陸地周辺の北岸に布陣。圧倒的な物量を誇る米豪連合軍の猛攻に加え、飢えと疾病による犠牲者も相次ぎ、部隊は壊滅した。

支隊の戦没者は7600名に上る。

当会の紹介

「南海支隊戦友遺族会」は、ポートモレスビー攻略戦(昭和17〜18年)に参加した「南海支隊」将兵をはじめ、東部ニューギニア(現在のパプアニューギニア)における戦没者の慰霊・顕彰を目的とする団体です。
平成22年秋に設立され、翌年から毎年、パプアへの慰霊巡拝を継続しています。

戦後六十数年が経過しましたが、ニューギニアをはじめとする海外の戦跡では、今なお多数の日本軍将兵の遺骨が放置されています。
現地でも戦争を知る古老たちの死去が相次ぎ、情報収集のため残された時間はわずかとなりました。

主な活動

・パプアニューギニア戦跡への慰霊巡拝(戦死者遺族以外の一般参加も可能です)
・現地慰霊碑の維持管理
・現地で発見された戦死者遺骨の身元調査(オーストラリア軍関係者と連携)
・遺品の収集、調査、整理、公的施設での展示に向けた準備作業
・オーストラリア戦争記念館で保管されている南海支隊関連資料の調査
・パプアニューギニアとの友好交流
・旧敵国であるオーストラリアとの友好交流

戦没者遺児の高齢化が進む中、遺族以外の若い世代も積極的に活動に参加し、主要な運営メンバーとなっているのが、会の大きな特徴です。

南海支隊戦友遺族会 役員紹介

世話役  :
辻本喜彦
顧問   :
西村幸吉(南海支隊 元兵士)
理事   :
中西 哲(高知県議会議員)
丸谷元人(翻訳者)
高知支部長:
大石 宗(前高知県議会議員)
福山支部長:
大田祐介(福山市議会議員)
名誉会員 :
ディビッド・オードリーDavid Ardley
(オーストラリアNSW州 ヘンリー・ケンダル高校教諭)

南海支隊戦友遺族会
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